室礼クラスに受講生登場!

 新春早々、嬉しい出来事がありました。 
「室礼教室」に新しい仲間がやって来たのです。

「室礼」は、夫・倖三が一番楽しそうに実践していることなのです。
今日は女房どののお茶の稽古日だとなりますと、彼は朝から落ち着かない。頭の中をアイディアが駆け回っているのがよくわかります。

 早くからごそごそと、隣の荷物部屋に出入りしては、何かを選んでいる。そして「京さぁん、来て見てごらん」という段取りになります。 茶室に行って見ると、「ふむふむ・・」という飾りが。

 新しい仲間が初めてお見えになった日には、新年の飾り付けがしてございました。加えて、彼はどこかへ出かけて行き、何とか心にかなった花を調達して来たようです。この「調達法」は彼の楽しい“秘密”
らしい。お茶や室礼に用いる花は、ほとんどが花屋さんに売っているものではないのです。ですから、自分の庭で育てているものか、ご近所の花好きさんと何らかの「協定」を結んでいるらしい。
この日も、とてもいい具合に活けてありました。

 そしてやって来た方が、又素敵なご婦人で。私も加わって楽しい「初稽古」とはなりました。

 次からは前からのメンバーと時間を合わせて、さらに充実の計画。
楽しくなりそうです。

  (“結”・副主宰   土田(佐藤)京子 記)











名残の茶事 を致しました

 名残の茶事 を致しました。

 先週末、2012.10月14日「名残の茶事」を終えました。
はぁー、 なんです。ホント。 数あるお茶事の中でも、もっとも
実力のある茶人がするものだ、と常々亡き母が申しておりました。

 
 わが家での、飯島先生の「名残」は今回で3度目になります。
しかも「藁灰」です。私の流儀は「表千家」なので、この「藁灰」というものを見たのは3年前が初めて。そりゃあ、びっくりしましたよ。なんという手間だろう、と。第一、この「藁灰」(稲を刈り取った後の藁を蒸し焼きにしたもの、だそうです。それは美しいものですヨ)を造る人がなかなか居ないそうな。そりゃ、そうでしょう!どんなにか手間いりで、かつ難しいものなのではないかしら。

 
 それがよくしたもので、お仲間というのは有難い。ちゃぁ〜んと
そういう奇特なご仁を友達に持ったお仲間がおられるんですね。お茶の先生には。

 今年は先生が、前々から探していらした「やつれ風炉」のお気に
入ったのが見つかったそうで、登場致しました。やはり、風情がありますナ。

そして又、有難く楽しいのは、前日からの準備を必死に一緒になって
やって下さる、我が家での勉強会の仲間たち。倖三の懐石準備を、何人もの「見学者・助手」が取り巻きます。これもなかなか、実現し難い光景です。将に「一座建立」は何日も前から始まって、茶事当日に完成するもの。

わが師匠・数江教一先生は「何を措いても茶事をやりなさい。茶事をしないのなら、何のために茶の稽古をするのか」と、口癖に仰いました。誠に忠実な先生の弟子であった亡母は、本当に熱心に茶事をして
いました。「自分相応の茶事をしなさい」という、先生のお言葉に励まされて。道具はあるものでいいのよ、と自分に言い聞かせるように
つぶやきながら。 今、その気持ちが痛いほどわかります。
 私自身は、まだまだ「使いっぱしり」の裏方しか出来ませんが、又、我が家を会場にして、こんなに熱心に茶事を教えて下さる飯島先生は他のお流儀(裏千家)でいらっしゃるのですが、「茶事は流儀を超える」との恩師の言葉を反芻しながら、毎回、素晴らしい経験をさせて頂いています。 (“結” の小間使い・・土田宗京 記)

 次は、新年、2013年の初釜です。(1月27日)

 新しい仲間を歓迎します。

 参加希望は、当HP「お問い合わせ」から。


 三遊亭竜楽 を知ってますか?

 私は若い頃から落語が好きでした。よく聞いたのは勿論・
ラジオです。テレビ時代のもっと前のこと。
しかし、長いこと寄席に行くこともない日々を送っていましたが、数年前から、私の料理教室の幹事を務めて下さる有難い
仲間に誘われて度々「ニツ目の会」に出かけるようになりました。「幹事」としてすっかり面倒をみて頂いているご縁につながってのことでした。
そしてある会で、竜楽師匠に出会ってしまったのです。
この人は、うまい! 実に上手いんです。芸人というものは
上手くなくっちゃぁいけません。職人とおんなじこと。
 たまたま、子供時分から落語はアタシの友達だったわ・と
いう女房ドノと連れ立って、師匠の独演会の常連になるまでに
手間暇はかかりませんでした。

そしてとうとう。「幹事氏」ご夫妻の後押しもあって、自宅で
「竜楽の会」を初めてしまった!

まったく予想外の展開でした。
25人程を定員に、女房の本職の音楽会をしたことはありましたが、これはヤツにとっての「いつもの仕事」の範囲ですから
特別のためらいもなくやっていたこと。しかし、落語となると
・・・  師匠に座って頂く「高座」はどうすりゃいいんだ?
毛氈はどうする? なんて、?マークの連続です。しかし、
私も女房も程よく「脳天気」な性格なものですから、
「あ〜ら、お茶事の時に使う毛氈ではいけないかしら?」
とか、「お座布団の足りないの分は椅子も混ぜて・・」なんぞといういい加減に、ついつい流されまして。
仲間たちの助勢もあって、何とか第1回が出来ました。

 私の家でやるんですから、噺を聞いてわぁ〜楽しかった、
でお開きではつまりません。ふつう、あぁいう会に「打ち上げ」はつきものだろうサ。近くに気の利いた小料理屋もない
街だ、俺んチでみんなやっちまおう、ということに相成りました。しかし、まぁ、いざとなると大変です。

お金を払って下さるお客様が25人だとして、師匠ご本人を始め裏方を務めてくれる人々に我ら夫婦をいれて、およそ30人
の人が飲み食いをしよう、という。女房なんざぁほとんど
「やけのヤンパチ」状態。「こうなったらやっちまうしかないわね」という気分でした。これを救ってくれたのが、以前
骨董市で、女房の反対押し切って私が買っておいた20人前の
「夜食膳」でした。昔の田舎の家には、こういうものがあったんですよねぇ。24-5cm四方の膳に少しの足がついていて、
箱にきっちり収まっています。うまく積み上げられるんです。
更に助っ人が現れまして、残りの10人分の足つき膳を貸して
下さった。

こうしてたった今までの観客席が、30人の宴会場に早変わり
という、スペクタカルが実現しました。紋付き・羽織から、
平服に着替えて、すっかりリラックスした師匠を囲んで、バンバン運びだされる私の料理で、飲み放題の宴会です。
「楽しいですねぇ。田舎の人寄せを思い出します」と仰って
下さったのは、女房が熱中・尊敬して教えて頂いている、お茶の先生のご主人。信州でお育ちだとか。確かに私の小さい頃
までの田舎では、このテの宴会は日常の風景でしたなぁ。

肝心の噺・ですが。お人に声をかけるにつき、演目のご案内を
したいと師匠にメールを送っても、普段応答のいい方がなかなかお返事を下さらない、と首をひねっていた女房が、感心して
私に報告するには。「落語家さんというのは、その日、その場のお客様の雰囲気をみて、演目を決めるんですって。すごいわねぇ、ってびっくりしたら、真打であるからには、50や100の噺は即座に出来なきゃいけないんだ、と仰ってたわよ」と
びっくり仰天。プロ・ってぇのは大したもんですなぁ。

しかし、今回は我らからのお願いを聞いて下さり、事前発表が
ありました。 「片棒」というのです。以前、独演会で聞いて
抱腹絶倒。 是非仲間とご一緒したいと思っていたのです。

 2012.5月12日(土)17:00開演 
     18:30頃から宴会。

 後 2〜3席のゆとりがあります。
ご希望の方は「お問い合わせフォーム」からどうぞ。
場所は東京都練馬区。 地下鉄有楽町線「氷川台」駅の
近くです。
   
             










 

俳句と仮名遣い

 俳句のグループ、これを「結社」というのですが、一体
全体、日本にいくつ位あるとお思いでしょうか?

 私がはっきりした数を承知している訳もないのですが、
10年ほども前になりますか、相当物知りな仲間に「800
以上はあるだろうね」と聞かされて、びっくりしたことが
あります。

 それぞれの結社には、掲げる方針がありまして、俳句雑誌をパラパラとめくってご覧になると、「主宰」と呼ぶリーダーの言葉としてまず最初に述べられています。

 大別すると、いわば「古典派」とでも言いましょうか「花鳥諷詠」四季の味わいを重んじつつ、言葉の扱いは出来得る
限り“旧仮名遣い”で、という派と、いやいや、格別そうまで
クラシックでなくてもよいだろう、もう少し自由に行こうよ、という派。 もう少し進むと、「いやー、場合によっては季語に縛られなくてもいいのでは?」という「無季」までも包含
する太っ腹の結社もあるようです。

私が俳句に手を染めるきっかけを作って下さった「扉」の創刊主宰、土生重次先生は、かなりクラシックな方でして、「季語の働きを大切に、一読句意明快」「一句に“ひとふし”が無う
ては俳句としての味がないがな」(先生は、泉州堺の生まれ、生粋の関西言葉の方でした)という、実に明快なポリシーを
お持ちでした。

 
唯、下手の横突きで遊んでいるうちはいいのですが、振り返れば入門以来、20年を過ぎるかとなりますと、あんまりアホな間違い(句の良し悪しまで到達しない、文法上の誤りか・・)を放置しておいては拙かろう、という気分になって来ます。

 私は、早くから職人修業に入りましたが、女房は畑違いとは言え、私の言葉で言う「ガッコ(学校)の先生」でありますから、ますます都合が悪いのであります。ヤツは「やーだわ、私、国語は好きだし、本も大好き。普段は言葉のことで困ることはないんだけど、古文文法
ってほとんどやってないのよ。だって高校から音楽科に行っちゃったんだもン。大学の入試に古文はあったと思うけど、落ちるのが難しい位カンタンだった。その分、専門の試験に比重がかかる大学だったからね。」
「そんなの言い訳になるかよぉ。俺と違ってお前はアタマで飯喰ってるんだろうが」と、
ちょいといじめて楽しんでみても、コトの解決にはなりません。

 そこで二人で考えました。お互い、ちーと年は喰っちまったが、知らないことは習わにゃぁ
いつまで経ってもアホのままだ。ここは一番、誰か「ご指南さま」を探そうじゃないか、と。
そう相談が纏まると、世の中よくしたものでして、案外身近におれられるんですなぁ、頭の
いい人、ってのが。

これが、現在の我が家での俳句勉強会の「ご指南さま」だったという次第。
この方は、大変几帳面で、物事をきっちりと整理片づけて、元々が出来のいいオツムに畳み込んである、というご仁でして。その上、教え惜しみをしない、というのが私どもには有難い。

 それで当初は「二人でこっそり習おうよ、皆には恥ずかしいから」という気分だったのですが、「えぇ〜、倖さんチで、なんか始まるのぉ?」みたいにバレてゆき・・・ じゃ、いっそ
はっきりと仲間を誘って、皆で賢くなろうか!となった次第。

 で、お礼はどうする?となって。ご本人は「何をとんでもない、仲間じゃないか」とのたもうし、我らとして献呈出来るのは、おトッツァンの料理ぐらいしかないか、というので、
飲み会付の勉強会・というとんでもないものが出来上がってしまったのです。
それでも、材料費とビール代だけ集めるか、というので、我が家の会の会費は2000円。
談論風発。言いたいこと言って、友の俳句を肴に酒を飲む。これまた楽しからずや、なので
あります。  いえいえ、その段に入る前に、きっちり「お勉強」。
自分らの作った句に、ご指南さまの「文法のメス」が入ります。

「それ、俺の句!!えぇ、それ、文法的に間違ってるのぉ!」なんて悲鳴が飛び交うので
ありますが、ダーレも悲しんではいない。これが大切なポイント。

そうして暫くしますと、正式句会でわが仲間の句に文法的間違いが、圧倒的に減って来た。
そこここ、漏れはあるものの、旧仮名遣いにも、失敗が減りました。これは大変な「勉強会
効果」です。

 今、この時代に、何故に旧仮名遣い?という議論も勿論あります。
しかし、私は思うのです。私は学問をする時間はなかったが、物事のルールは解る。
「わっちらは、旧仮名遣いでいこう」と決めた土生先生の号令に応じて俳句を詠もうという
なら、何はともあれそこに軍旗を据えて、詠んでみようじゃないか、と。
その後で、いろいろな意見が出て、「もう、そんな時代じゃなくなった」となったら、それは
その時のこと。私もその時点で、どっちへ進むか考えます。

そういう、ちょいと偏屈な行き方も、面白いじゃないですか?







素晴らしい出会い

 今年の正月、ご縁があってさるご社中の初釜の懐石を担当
させて頂きました。
日頃親しくしている方のご紹介です。前から「立派なお茶席で、お道具も素敵なのよ」と聞いてはいたものの、打ち合わせに伺い、いざ本番、と事態が進行して行くにつけ、こちらの
先生のお姿が見えて参ります。

 
 前日から、女房は許より、私の料理に心を寄せてくれて、
時間の許す限りの協力をしてくれる、嬉しい仲間を狩り出しての準備が続いていました。
 そして当日。少し早めに伺いますと、台所にはすっかり器が整えてあり、お茶人としては当然のお心入れとは言え、こちらとしては恐縮です。道具の結構も有難いことですが、私ども
職人としては、こっちの仕事をやり易くしてやろう、というお心遣いが嬉しいのです。

 緊張の内に仕事はつつがなく終わり、ご社中皆様から「おいしかったよ」と仰って頂いて、ホッと一息。荷物をまとめいると、「気のおけない内々の集まりですから、どうぞ席中も
ご覧になって。 今、一服点てますから」と過分なお扱い。
職人というものは、どこまでも“影の存在”ですから、これには全く驚きました。

 女房のヤツは、もとより諸々のお道具が拝見したくてウズウズしています。従いて来てくれた「助手クン」だって思いは
同じ。私だってそれは同様なのですが、こんな仕事着でお席へ入ろうなんて、考えてもいませんでした。
 しかし、「いえ、もう最後のご挨拶もした所ですから、どうぞ」と重ねて勧めて頂けたのを幸いに、三人しておそる
おそる・・・

 いやー、見事なものでした。 社中の皆様の気持ちのよい
雰囲気も、先生のお人柄の反映ですなぁ。 全く、職人冥利に尽きる仕事でした。

 
 それが正月の終わりころのことでしたのに、それをご縁に、何くれとお声をかけて頂き、ほぼ毎月替わる、お道具組みを
拝見に伺う、という幸運、光栄に浴しているいます。
人との出会いというのは、本当に有難い。
 人様の深い蓄積の傍に佇ませて頂ける幸せの、何というぬくもりであろうかと思うのです。
これぞ「茶縁」とでもいうのでしょうなあ。













春の茶事教室

  年が改まり、「初釜」のお招ばれや、わが“結”の初釜にてんてんこ舞いしたのは、ついこの間、と思えるのに、早くも桜の季節の準備です。

 “結”での茶事教室は、裏千家・飯島宗章先生のご指南で、4年近い稽古を積んで来ました。

 その間、しっかり続けてくださっている方々もあり、又、お集まりのメンバーの中には、種々の事情でお越し頂けなくなった方もいらっしゃいます。が、変わらないのは先生の茶事への情熱と、それを慕って稽古を続ける方たちの、楽しそうな姿です。

 いろいろなお茶事をして頂きました。「花見」・「初風炉」・「名水」・「雨乞い」・
「名残り」・「口切」・・
 中でも印象深いのは「夜咄」と「除夜釜」でしょうか。

 本当に大変なご努力で、まことに珍しい経験をさせて頂きました。

 次の催しは 2012.7月8日。

 どうぞ、参加の「約束事」など、お問い合わせください。

 なかなか経験することの出来ない「茶事」ですが、心を
合わせて一座しよう、とお思い下さる方の、お問い合わせを
お待ちしています。

 →お問い合わせはこちらまで


3/23 料理教室の最新報告

春キャベツ蒸し
今日、今月の“結”での料理教室をしました。 写真は

          * 春キャベツ蒸し 

これがなかなかの評判でしたよ。  簡単に出来て、美味しい。 レシピを書け、という
声が聞こえそうですが、(書くのはいつでもできますが・・) こういう「カゲン」というのは
文字では解り得ない。

是非、一度いらしてくださいナ


 
* 道明寺巻き

これは、肉団子状の中身を道明寺粉で包んで蒸したもの。 
道明寺巻き春キャベツ蒸し


はじめまして・ブログ第1号!

懐石の内「八寸」大分前にHPを作りましたが、やっとそれに続く、ブログを書く段取りになりました。

「文化伝承空間」なんて、ちょっと
いかめしい呼び方を考えたのは、
われら夫婦の運営する各種の催し・教室が、あまりに多岐にわたって
いるので、「これ」という呼び名を考えられなかったからなんです。 
HPをみて頂ければわかりますが、二人合わせると何とも間口が広い。

しかしブログでは、別々の項目で、日々の活動をお伝え出来る、と張り切っています。

まず、私の本職・料理のことから。

 新橋烏森口にあった「馳走や倖三」を閉じてから、早いもので5年半になります。
11年の間、沢山のお客様にご贔屓を賜りました。 しかし、「新橋地区再開発」という時代の波には
勝てませんで、ここ練馬の一隅に居を構え、“結”を開設したのです。

 今の活動の中で、一番面白く、有難いのが茶懐石を提供すること。  女房の亡母が長く表千家の教授をしていたものですから、幸いなことに、質素ながらも一通りの設えが我が家にございます。
それで、我が家ではほぼ二ケ月に一度の割合で、お茶事の稽古が行われておりまして、 これに、
私が懐石を造る訳です。
 
 気のおけない仲間と、実にしっかりと稽古をつけて下さる先生(私どもでは“ご指南さま”とお呼び
しています)との気合はぴったりと合って、前日の「仕込み」には、何人かのメンバーが、集まるの
です。 ほとんど「懐石料理教室」の様相。

 上に掲げましたのは、「八寸」といいまして、懐石を頂く上でのハイライト、「千鳥の盃」の折の
料理・設えです。

 茶道の稽古は、この「茶事」を楽しむためにするものでございます。
 とは言え、いざやってみようとなると、庭の掃除から始まって、道具の取り合わせの工夫、懐石の
献立を考えての調理、道具の出し入れ、と なかなかの手数ではございます。
がしかし、慣れてみればこんな楽しいものはない。

 ですが、中でもお茶を嗜む方々を悩ませるのが「懐石料理」でしょう。 素人さんには、そう簡単
には相対することに気おくれがする。 そこで、私ども職人の出番、となる訳です。

まあ、そんなことで、我が家での稽古茶事に加えて、最近ではぼちぼちと各方面からのご注文が
ございます。有難いことでして。
 慣れた自分の台所で造りました料理を、先方様へお届けするのは、それほど大変なことでは
ないのですが、緊張するのは「いざ、本番」で、お茶事の流れの中へ、自然に滞りなく料理を
お出し出来るか、という瞬間ですね。 茶事というのは、タイミングがすべて・ですから。

 ですから、まずは初回のお打ち合わせに始まって、大体、どんなお器をお使いになるのか、とか
(逆に「倖さん、今回はどんなお料理?それによって器を選ぶから 」なんて場合もございます。)
ご注文主のお茶人さんとの、心の通い合いが仕事の成功の鍵。
こういう所が、大変でもあるけれども、料理人の最大の楽しみでもあるのです。

 ご注文主の先生と、そのご社中の方々又は、お客様方に「美味しかったよ」とのお言葉を
頂ければ、本当に幸せな気分になる、という次第。

 こういう日に、助手に召し連れた者と(大抵は無給の助手・女房でありますが・・・)傾ける打ち
上げの“一杯”は、至福の味が致します。

 茶事はお流儀を問わないと申しますから、一度、どうぞ“結の稽古茶事”を覗いて下さい。
お待ちしています。

                    “結” 亭主  倖三

 →お問い合わせはこちらまで



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