高麗・という町をご存じですか?

 今日は急に予定が空いたので、私どもの住まいから1時間ちょっとで行ける「曼珠沙華の群生地」を訪ねてみました。
 西武池袋線の駅まで1km程歩いて(本来の目的は散歩・ですから)電車に乗ります。幸い、急行への乗り継ぎがよく1時間弱で「飯能」に着きます。ここからのバスが1時間に2本。30分の待ち合わせ。急ぐ旅ではなし、駅前の小店を覗いて時間をつぶす。

やって来たバスに、意外や中年男女が多いなぁ、と思ううち「高麗」という駅を過ぎると
目的地の「巾着田」です。中学2年からこの土地で育った、という女房は「中学校の遠足で来たわ。子供たちも何回か来てる」なんぞと言っています。そんな何十年も前の話をされても・・ねぇ。バス停から群生地までの細い道に「湧いて出たか」というほどの人です。
それも、どうも8割がたが60代以上。いやー、日本の高齢化を実感。(元よりこちとらも、その一員でございます!) 時々、小さいお子さんを連れたご夫婦もありまして。「よろしく頼みますよ!家の娘・息子の年金を支えてくれるしっかり者に育てて頂けますように」なんて、密かに思う所が厄介です。それ位若い人が珍しいのです。 まぁ、昨日が彼岸の中日で、今日は平日。若い人はせっせと働いている日でさぁねぇ。たまに、休みが違う若い人がいるだけで、こんな日に呑気に曼珠沙華見に来てるのは、年寄ばかり。

 途中で「入場料・300円」とありまして「へぇ〜金取る程のことなのか?」と一人言。
しかしまぁ、それは見事な量の曼珠沙華。「日本一」なんだそうです。出店もたくさん出ていて浮き浮きした気分になります。 よく味の染みたこんにゃくを頬張り、穂紫蘇や茗荷といった夏野菜の名残を買い込み。女房ドノは、やり忘れた夏の保存食つくりをあたしにやらせるつもりなんです。穂紫蘇の佃煮なんぞは、役に立ちますからなぁ。

あたしもついつい、半夏生やら曼珠沙華の苗やら球根を買いまして・・ 結局またまた、自分の仕事を増やしてしまいます。

と、そこでなかなかしっとりした感じのいいご婦人に呼び止められた。「建郡1300年祭」のパンフレットを手渡してくれる。どうやらお役所の人らしい。ついつい座り込んでDVDを見せて頂きました。夫婦そろって歴史好きなんです。 そして、この埼玉の一角に「高麗」(“こうらい”とも読みますナ、ほら、芝居の松本幸四郎さんの屋号・高麗屋)の呼び名が残る理由がわかりました。元来は昔の朝鮮北部にあった国の名前です。

そのDVD[に教えてもらったんですが、この「高句麗」が周囲の強国に滅ぼされた時、日本に逃れて来た人々が関東一円に2000人近くもいたのだそうで。それを当時の為政者がこの地に集めて住まわせたのが「高麗」の始まりなんだそうです。なかなか由緒のある土地らしい。
遠からぬ所に住んでいても、なかなか知るチャンスのないことを、教えて頂き、いろんな美味しいもの、珍しい野の花に出会って、俳句も何句づつか授かって。結構な休日になりました。








































中秋の名月

 ご覧になりましたか!! 中秋の名月。
本当に素晴らしかった。 「中秋」と満月が重なるのは、なかなかにめずらしいのですってね。「あら、それっていつも重なるように決められているンじゃなかったの?」なんて馬鹿な
事をいっている女房を尻目に、あたくし・今年は「次世代の育成」に励みましたデス。

 左様、「隣居」している孫娘・9歳をオルグしましてね。月見団子を作ったのです。
ほとんど毎年作りますが、今年はことさら気分がようございました。
助手が可愛らしいから! 子供もちょいと大きくなりますと、なかなか一緒に何かをするのが
難しくなります。なんだ、カンダと用事をこさえましてねぇ。自転車の前にひょいと乗っけて
あちこち遊びに行っては、キャッキャと笑っていた頃か懐かしくなる訳です。

 
で、朝のうちちょいと出かけていて、午後も深くなって「おっと、アイツが学校から帰る時間になっちまわぁ」と、近所のスーパーへ出かけて行って驚いて。団子を作る粉がないんです!
スーパーの棚に。この時代でも、奥様方、マメにだんご作りをなさるんですなぁ。「にっぽんの伝統は死なず」と嬉しくなりました。
 さて、何とか調達してさあ始めるぞ。 チビくん、エプロンなぞ母親に出してもらって張り切っています。粉をこねて、団子にする。この「丸くする」が、子供にとってはそれなりに難しい。大きさもそうそういびつではいけませんからナ。 何とか形も整えて、蒸します。
更にはタレ。いわゆる「みたらし」です。この按配までは、9歳の子には難しいのでほとんどが私の仕事。

さぁ、最後の仕上げが盛り付けです。私が気に入っている少し脚の高い塗りの三宝。こいつが
月見団子の演出には、大変按配がよろしい。この辺りで11歳の次男も参加して。個数を私の指示通りに積み上げる、ってのが面白いらしい。

夕方、近くの公園から調達しておいたすすきを飾り、女房の母親が愛用していたという、実に古風な「ちゃぶ台」をベランダに出しましてね。
煌々と光る月にお供えを致しました。 家にある道具・でいいのです。何か特別じゃなくて。
10年前におじいちゃんの住む、天国へ「移住」しなすったおばあちゃんも、自分のちゃぶ台が活躍していることを、喜んでくれていると思います。

子供たちが寝静まった夜半、又、改めて月を愛でてちょいと追加の“一献”もオツなものでした。

先週、私の「室礼教室」でも少し早い「中秋の室礼」を致しました。習ってくれているご婦人方も、こうした季節季節の行事を次世代と一緒に楽しんでいてくれるだろうと、楽しく想像をめぐらしています。







濡れ灰を作る

 さあ、夏だ!という時、それは「あぁ、あの酷暑との戦い」ということなんです。お茶事を楽しむためには。
土用の、その暑さの盛りに作っておかなければならないものがあるんです。「濡れ灰」(私ども表千家流ではそう呼びます。)お裏さんの方々は「湿し灰」ともおっしゃるようですね。
11月から翌年4月までの「炉」の季節、釜の湯をたぎらせ続ける為に炭をつぐ。その「炭点前」の時に使う灰は、この盛夏の太陽が作らせてくれるものだからなのです。

母が毎年作っていた時は、「子供の遊びでもあるまいに、なんでこんなヘンな泥団子を並べているんだろう」という程度の認識でした。これが、炉から上げた灰を水簸して乾かしているのだ、とは知らなかった。ましてや、それに番茶を煮だした濃い〜い汁で色をつけるのだなんて。
これを「手を取って」教えて下さったのは裏千家の飯島宗章先生でした。「こうこうして、こう番茶を煮て・・」と言ってもらっても、そこはやっぱりいっしょに灰を洗い、上澄みの水を捨て、干して。
番茶を煮詰めるにしても、どの位の水にどのくらいの茶の葉を入れるのか。また、どの位の時間、どの位の火で煮詰めるのか。実際に一緒にやって頂けた幸いは素晴らしいものでした。

2回の夏を一緒に過して、どうにか真似して作れるようになりました。ここ3-4年は一人でやっていたのです。
そして今年。飯島茶事の面々から「今年は見せて頂きたいわ」との
声。 うぅ〜ん、結構大変なんだよなぁ、この暑さだし。(一人で
パパッとやっちゃうほうがラク)というにが本音でしたが、「そういうことではいけない。あなたが教えて頂いたことを、他の方にお伝えするのを渋るなんて、オマエはなんてヤツだ」と、頭の上で誰かが怒っている。仕方がない。と、諸々の準備にかかる。
やっぱり、仲間がいるのっていいことです。「一人でパパッ」だったらちょっとサボりそうな手順もちゃんとやりますから。

先生にも来て頂くことになり、準備万端整った当日。「お〜い雨だぞう」の夫の声! エェッ、と外を見るとパラパラと。
あ、う〜んですよ。しかし、こればっかりは。お天と様にはかなわない。そして、明日。今一度、の日がやって来ます。さぁ、どうなりますか。

お茶事って、こんなに見えないところで人の手間がかかっているんです。「お心入れのお灰で」という、茶席でのセリフが、本気で言えるようになる、というお土産を楽しみに、明日、ガンバリます。
本来の「土用」をはるかに過ぎた今、「おや、まあ、今頃かい?」と
目を丸くしている母の顔がちらつきますが。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
ご報告。今一度の挑戦は見事な晴天に恵まれて、大成功。
飯島先生はご都合でお見え頂けなかったので、さあ、度胸一番!大した経験もない癖に、一人で音頭を取らねばなりません。でも、集まって下さったメンバーがよいものだから、とても楽しく、手早くできました。人手が多い、というのは有難いものです。

仕上がった濡れ灰を樽に詰めて「冷暗所」に収めた時の安堵感。
あぁ、これで一冬、炭点前が出来る、と言うものです。
ご一緒して下さった皆さん、有難う!


















3

少庵400年忌記念 特別展を見る

 (今回も女房殿が書かせてくれ、と・・)

有難いことに、私・京子の本職である音楽の仕事が京都にございまして、毎月一度京都へ足を踏み入れます。大抵はまるで"宅急便"にでもなった気分、新幹線で京都駅に着くと仕事場へ直行・直帰!  都の花も
紅葉も、ここ数年みていない、といった按配なのですが。

何はさて、古都の駅へ降り立ってはいるのだから、何とかこの400年忌の展覧は見て来たい、と思い立ちました。
私ども表千家の「同門」という雑誌に、熊倉功夫先生が「少庵」を連載しておられます。私の先生のお稽古場でもいろいろ話題になりました。今月・9月は裏千家の茶道資料館で、10月19日からは表千家北山会館でそれぞれ展示が行われます。而妙斎宗匠が「早いうちから蔵に入り、ゆかりの品々を選んだ」とお書きになっていました。
裏千家、表千家のお蔵に静かに時を過ごして来た名品が、400年忌
故にこもごも取り出されて私どもも拝見出来る。こんな有難い折は
そうそうありますまいから。

四条河原町で仕事を終え、12番の市バスの乗りますと1本で「堀川寺ノ内」というバス停まで連れて行ってくれます。
折から、すぐ近くの表千家家元では天然忌が修らせれていたようで、正装の方々が一人また一人と出ておいででした。(9/13だったのです) 出展の品々、一つ一つに風格があって面白かったのですが、
少庵が写したという「利休遺喝」には心奪われて立ち尽くしてしまいました。井ノ部康之 の小説を読んでいましたから、この軸の前を動けなくなってしまったのです。

それと、少庵には義理の甥に当たる、千家三代・宗旦が描いた軸。
細身の軸なのですが、まず上に 少庵 の二文字。その下に墨染の衣を纏い、杖を引いてうつむいた姿で現された少庵。 一面識もないご婦人に、いきなり「いいわねぇ、これ」と問いかけられたときは面喰らいましたが、表千家の天然忌に陪席してのお帰りだというその方の感激振りも、思い出になりました。

少庵の消息も随分いろいろ出ておりました。が、まぁ、読めない!
こういう展覧会は有難いことに下に読みが書いてございますから、意味、内容は判るのですが、照らし合わせて見ているのに、その文字がどこの座っているのかを見つけるのはなかなかに難しい。
しかし、じっと目を凝らしていると、何だか親しみを感じてくるのです。きっと、こういう勉強を主に専攻なさる方は、日がな一日眺めて暮らしていると、少しづつ仲良くなれるのかなぁ、なんて役にも立たないことを考えてゆっくりと、静かな館内を歩きました。

こういう時間もいいものです。
来々月、11月には表千家の展覧を拝見し来よう、と秋は楽しみがたくさんです。


お京さんの茶事デビュー

  (今回は女房が書きたいというので・・・)


思えば飛んでもないことを考えたものです。

 

そりゃあ、裏千家・飯島宗章先生のお茶事の裏方・女中をさせて頂いて4年半になります。

自分の先生が年3回教えて下さるお茶事で、半東と亭主を1度づつ勤めさせて頂きました。

(入門からの年数の短い者に、こうした勉強をさせて下さる先生の有難さ!)

亡母がそれは熱心に茶事をしておりましたから、やや「門前の小僧」ではありました。

 

だからと言って「自分で茶事をしよう」あまつさえ「先生とお稽古の仲間にお客になって頂こう」だなんて。お茶の世界の常識からいえば“10年、いや20年早い”んです。


 しかし。私は茶事に魅せられたのが遅すぎた。母が唯々茶事がやりたくて、粉骨砕身の努力をしているのを、見ているだけの不肖の娘。それが不思議なものですねぇ、50代も終わりになる頃からその魅力・魔力に捕えられてしまったのです。茶事にはとにかく体力が要る。夫の造る見事な「懐石」なくしては、とても私の茶事は態を成さないのですが、ほぼ同年の夫の体力だって無限ではない。こんな楽しみが後何年楽しめるだろう、という思いは切実でした。

 

私の先生のお稽古場は、先生のお腕とお人柄の素晴らしさに加えて、先輩方がお優しい。悩んでいる私の背中を「やってごらんなさいよぉ」と、ポンッと押して下さった。1年あまりの逡巡が吹っ切れて、私は清水の舞台から飛んだのです! 2013年 4月6日のこと。

 

以下、夫の弟子“トラちゃん”こと車 匡史クン撮影の写真を添えて、のご報告。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


*寄付  「春風花自開」 の色紙

 

 さぁ、ここに出す莨盆の火入れ。これが私には大変でして。タイミング                  と
灰の筋が・・ 今回は熟練の先輩が半東を勤めて下さり、はぁ、という間に 出来ました。


 *露地草履はちゃんと並んでるかな? これは自分で出来ました。


 *蹲  前日から気合を入れて掃除。しかし「三露」の間合いの難しさ。

    皆さん、厳かに手と口を漱いで・・・


 *席入り  ・・・どうやら席も定まった様子。 いざ出番!

     

 するすると障子を開けて。正客を勤めて下さる先生の「どうぞお入りを」で
席に入る。心づもりした挨拶が、どこへ隠れたのか思うように口に上らない。

(参るなぁ)先生の見事なお正客ぶりに見とれて。(今は見とれてる場合じゃぁないだろうが) 

 今回は「前茶」なので濃茶を。 練るのは盟友・あきよちゃん。

彼女は私よりしっかりしていて、悠々と美味しい(はずの)濃茶を練って    くれる。


  ・・・  ここで中立ち。・・・・

 

* しばらくして。喚鐘を打つのだが、担当した者、なかなか狙った
   箇所に撞木(しゅもく・鐘をたたくもの)が
当たらない。
   これも打つ人をしっかり決めて、事前に実地の練習をしておかねば、   と
反省点。

 

* 炭点前の後、懐石が始ります。

�まず「折敷」と呼ばれるお膳に「四つ椀」と下の写真の「向付(むこう
 づけ)」に利休箸が添えられて供される。

京子先生茶事ー向附
「鰹に酒盗ダレ・花小松菜を添えて」

� 燗鍋(酒)が出ます

� 懐石の華・「煮物椀」

京子先生茶事ー椀物

 桜麩 海老真薯射込 こごみ 空豆 木の芽

� 焼物

京子先生茶事ー焼物

かます菜種焼 甘酢みょうが添

�進鉢

京子先生茶事ー進鉢

 

 新筍の土佐煮 車海老の旨煮 独活・わらび

� 強肴 1.

京子先生茶事ー強肴1


 まぐろのぬた

� 強肴 2.

京子先生茶事ー強肴2


 桜道明寺蒸し

これらが出るまでに、二度目のご飯や味噌汁のお替えが出たり、燗鍋(酒)
がもう一度など、いろいろの手順がございます。そして・・・

� 八寸  (料理人が「煮物椀」と並んで、目の楽しみに腕をふるう!)
京子先生茶事ー八寸

 蒸しあわび 蕗の薹

「八寸」が出ますと亭主と客が、これを肴に盃の献酬を楽しむ「千鳥の盃」
が始まり、懐石のクライマックスを迎えます。

そしてこの「盃ごと」が終わりますと、熱い湯に焼き米を放したものが
運ばれ、客は同時に供される「香の物」を相手に、飯椀をこの湯で濯ぐようにして頂きます。

最後に膳を下げた時には、最早洗う必要もないかな、と思うほどきれいに
ふき取られた器から、懐石の作法が、禅寺の雲水の暮らしぶりにその基を
持っていることが思い起こされます。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

トラちゃんの写真撮影は、「料理仕上がり」・・「運びますヨ!」という
半東さんの声に急かされての緊迫の中で行われます。 従って「あぁ、箸が
も一つ揃ってない!」とか、「撮影状況をもっと整えたかったのに」・・
とか、うらみ言があちこちから聞こえてきます。

しかし、茶事全体もそうですが、特に懐石の裏方の時間との戦い、手順を
研ぎ澄ましておかねばならない緊迫の雰囲気を、汲み取って頂けたら嬉しい
です。

こんなこと、もう二度と出来ないんじゃないかと思うほどの緊張と、後に
どっと出る疲れ。しかし、その波が引いていくと、「次は朝茶をやって
みたいわねぇ」なんて、同志ともいうべき仲間たちと、思いもかけない
会話を交わしている自分が居ます。

本当にお茶というものには深い魅力があるのです。







 






「茶飯釜の茶事」

 

35日のブログにありました「茶飯釜の茶事」が

3月31日と4月1日の2日間に亘って催されました。


なかなか出会う事の出来ないお茶事でしたので、

参加希望者が多く、

2回に分けてのこととなりました。


さて、茶事と言えば楽しみは「懐石」。

(お茶事の眼目が“濃茶を頂くこと”にあるのは重々承知しています。

お茶の先生には叱られそうですが・・・)

 

今回、ご縁を得まして「茶事・懐石準備の裏方初体験」を

させて頂きました私、車 匡史(通称:寅ちゃん)が

ちょいとご紹介をさせて頂きます!

=================================

  向附

o   初鰹 酒盗餡かけ 

(師匠の盛り付けは、もっとカッコよかったんですが・・コレ、私メの です。)

茶飯釜2

 

 

o   さつまいもの白玉 赤出汁仕立て

(懐石の味噌汁は、とても丁寧にだしを取ります。美味しい!)


  八寸

o   蕗のとう田楽  カマンベールチーズ 鮭薫製巻き

茶飯釜3

 

  煮物椀

o   桜麩海老真丈 ギバサ 空豆 木の芽

茶飯釜1

 

   焼物

o   鰆菜種焼

茶飯釜4

 

  進鉢

o   筍土佐煮 こごみ わらび 独活


 

   強肴1

o   〆鯖 青柳 ナマコ さらし鯨の白和え

茶飯釜7

 

  強肴2

o   桜道明寺

茶飯釜6

 

  香の物

o   沢庵 茄子 白菜漬け

 

=================================

“結”では、年間 6〜7回の茶事が催されます。

季節により、茶事の趣向によって懐石の趣も変わります。

本当に日本の四季と自然の豊かさに感謝したくなる。

 

次回は狃乕炉の茶事瓠。況遑横各(日)です。


参加ご希望の方、詳細については当HP「お問い合わせ窓口」からどうぞ。




お茶のお稽古

 “結”では、二つのお流儀の稽古が行われています。

つは 裏千家 飯島宗章先生による 初級・中級・上級 のお稽古です。

 飯島先生は、わが“結”の「茶事教室・ご指南さま」。
実に熱心に茶事をなさっていらした、そのご経験の蓄積は素晴らしいものがあります。 
私どもでは、およそ2か月に一度、先生のご指導で「茶事」を経験させて頂いてきました。
 加えて、初級者・・・ まったく初めて、という方
     

 中級者・・・ 「以前、ちょっと稽古したのよねぇ。でも随分、
         間が空
いてしまって」と
いう方。 
           「結婚でまたは転居でお稽古が中断してしまって 
         再開の
きっかけがつかめない」なんて方に
           お勧めします。


       
  各クラスでのお稽古を始めて頂いて、2年半ほどが経ち
 ました。


  みっちり稽古した頂いた後は、質問もさせて頂けますし、お稽古仲間の雰囲気も良く、
  私・倖三
から見ていても気持ちのいいお稽古場です。

  まずは一度、お稽古の様子を見学なさることをお勧めします。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 もう一つは 表千家講師  土田宗京 による初級教室

  こちらは初心の方が中心です。

  原則として、第一・第三 水曜日 に稽古をしています。
  


稽古の約束事など、詳しいことはお問い合わせ下さい。 
 →お問い合わせはこちらまで    

今月の裏千家・茶事は「茶飯釜」

 「茶飯釜」という茶事をご存じですか? と尋ねると、沢山のお茶を学んでおられる方々が「はぁ、・・・そういうものがある、と聞いたことはあるのですが・・・」と仰います。
 本当に見、聞きした方が案外に少ないらしい。 お流儀によっては「当流では致しません」と言われたこともあります。

 
私どもの飯島宗章先生は、本当にいろいろなお茶事をして下さいます。今回の「茶飯釜」も我が家では2度目の経験です。
残念ながら、今回も早くから満席。 今からはお誘い出来ないのですが、これからは、このHPにも次回の日程を掲げますので、志のある
方はご注目。早めにご相談下さい。

      2013.3.5.   席亭  佐藤倖三

室礼クラスに新人!

 嬉しいことがありました。素敵な新人が現れたのです。
コンプューター・ってぇものを、私は基本的に好きじゃありません人間に遠いものだと思ってる。しかし、今の時代、こうやって、素晴らしい出会いを運んできてくれるのも、コンプューターなんだから仕方がない。お付き合いしなくっちゃ、ネ。

 
 彼女が加わった回は、ちょうど我が家に雛の軸が飾られ、
私が散々楽しんで決めた飾りが、床の間を占めている時期
でした。 
 メンバーたちのお住まいは、それぞれの特徴を持っていることでしょうから、「こういう飾りなくちゃダメ」というのでは意味がありません。私と一緒にした工夫を、それぞれ゛ご自宅に戻って、「さて、と。」と工夫し直すのが、又、楽しみなのですよ。

 
来週はさて、何をしようかなぁ・・・
 

俳句 始めませんか?

 私が俳句に手を染めたのは、もう随分古い話になります。

このHPにも宣伝を載せていますが、拙著「包丁人の季語日記」にも書きました。
料理人には「季語」は、欠くことの出来ない素養であった、というのが始まりです。

 しかし、現在の私の俳句との関わりは、そこから大発展して、大事な趣味又、生活の一部になっています。
 というのも、俳句結社「扉」の創刊主宰・土生重次先生に出会い、親しくご指導を頂いたご縁から、もう二十数年も「扉」の仲間と俳句を楽しんで来たからです。

 現在は「扉」のいくつかある部会のうち、主として東京句会に
出席・所属して活動しています。
毎月の投句締切日は、女房共々「ウンウン」唸って(なかなか、思うような句が出て来ない!)いる有様で、ようよう投函して来た暁には「おぉ、借金返した気分だ」何ぞと言い合っている、何年経っても進化の遅い者どもではあります。

 しかし、こう言いながら、この「苦吟」もまた、楽しからずや、なのが俳句の魅力・魔力なのでございます。

 それで、2-3年前からわが“結”でも、月に一度の「俳句勉強会」を始めました。
最大の理由は、大勢の集まる句会では、なかなか聞けない細かい点での疑問に答えて下さる先輩を迎えて、ご指導を仰ごうということ。 次には、何にしろ同好の士が集まってする
「句会」を増やすことで、何句でもあれ句を作ろうよ、という考えでの勉強会です。

 ここで「足慣らし」した人々を、「扉」にお連れする準備機関でもあります。

という訳で、まったくの初心者・大歓迎の勉強会ですので、是非一度、遊びにいらして下さい。

 参加費は2,000円。 私・倖三の大鉢料理をつまみながらの、楽しい会です。

 「俳句始めませんか?」 とお誘いすると、10人中8.5人までが「私にはそんな才能はありません」と仰るンですよ。

 いやはや、飛んでもないことでして。大俳人になろうには、そりゃあ、「才能」が問題になるかも知れません。 しかし、我々のように、唯、四季の移ろいに敏感になり、(季節を何倍も楽しめす!)、楽しく酒を酌みながら、共通の話題で切磋琢磨する仲間を持ちたい、
そんな素朴な願いなら、才能は話題にはならないのです。

 どうぞ、これも一度ご見学頂きたく、お誘いを申し上げます。

    “結”   亭主   倖三


次回の日程:2013.2月22日18:30〜21:00位
  会場: “結” 東京都練馬区
  最寄駅: 地下鉄・有楽町線+副都心線(2線乗り入れ)
        「氷川台」駅 下車 徒歩4分
 
 →お問い合わせはこちらまで

  * 宣伝をさせて下さい。
  「包丁人の季語日記」を“読んでみてやろうかなぁ”と
   いう方、どうぞメールを下さい。 お送りします。
  (送料無料)
   自分でいうのもナンですが、面白いと、沢山の方に
   読んで頂いています。アマゾンや書店でも買えますが、
   どうぞ当方へ


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