秋田は男鹿での料理披露

倖三の故郷・秋田県男鹿市で料理披露!
 農林水産省の肝煎りで、男鹿で「地域活性化・食材を活かし、人を育てる」プロジェクトが
行われました。縁あってこれに招かれ、腕をふるってまいりました。
こうした催しは、いわば「落下傘部隊」である我々よりも、現地にいて、常々の人脈を作り、暖めて
いてくれる「準備・実行部隊」の力が絶対に大きい。 今回は最高の地元部隊「男鹿海洋物産」社長・
笹渕健一氏のご助力によって成功が導かれました。
彼が早速にご自身のHPに素敵な写真付きでご紹介下さっているので、転載させて頂きます。


2月11日 

   きょう13時秋田着で「佐藤倖三」さんが来る。そのまま「きららか」(ご当地、又 東京からのお客に、
  倖三の料理をたべてもらう会場を提供してくれたホテル。その絶景は特筆に値する!!)
まで直行、調理場の
  面々と打合せに入る。
   きららかへの途中弊社(男鹿海洋物産)に立ち寄り、仕入れた「アンコウ」「活ズワイ」「生ハタハタ」
  「甘海老」を見ていただく。今回アンコウは大きいが、残念ながら「肝」が小さい。現状に合わせ料理の
  構想を練るだろう。
  その40分後きららか到着そして打合せなので、頭脳はフル回転だろう。

   「ホテルの厨房はオーナーが料理長になるべきだ」が佐藤さんの持論。観光でお客様が第一に求める
  のは「料理」それから「おもてなしの心遣い」だろう。
   さて料理だが、オーナー料理長であれば喜んでいただけるよう材料を吟味し、作りを工夫し、さらに盛付け
  など揺るがせにすることはない。派遣された料理人とはこころ構えが違う。 
   佐藤さん曰く「オーナーが料理長のホテルや旅館は流行ります」。

   そういう意味で男鹿の民宿の評判は上々だ。家族総出の経営で、もちろんご主人が料理長。腕は二の次、
  そのかわり鮮度抜群地元の魚。さらにボリュームがあるので食べきれないほどお膳に上がる。これはこれで
  お客様の満足を得られる。素朴でもいいじゃありませんか!

   打合せには私も立ちあいます。どんな言葉で料理人に話しかけ、「構想」を伝え「段取り」に入るか、一流
  とはなにか堪能させていただきます。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
2月12日

佐藤さん、「きららか」の支配人、料理長と初対面。名刺を交換し早速メニューの打ち合わせに入る。

これが人を圧倒しないんだ、ひとを緊張させない。自信のなせる技といったところか・・私と似てる。
さりげなく意見を引き出し加味していく。
車さんという女性がアシスタント。佐藤さんの構想を「絵」にしてノートに書き込んでいく。なるほど・・。
盛り付けの構想を練る材料にする。ひとつひとつの料理がどんな器に盛られるか楽しみです。
「きららか」厨房にて

    蕪を繰り抜いてます。地味な作業をキチンと・・。
    一方、私の作業は、12日早朝から始まった。鮟鱇をボイルし、重石をかけて脱水。肝もボイルし冷却。
  
2月13日
ボイルしたカニの身を剥いたが、納品時間9時に間にあわない。仕事途中できららかへ。
調理場へはすでに佐藤さんが入っていた。
「カニの身全部フレークでもいいですか?」フレークは簡単にできるが、見栄えしない。

   これは出来上がってお客様に出したところの写真です。
  左下が脚を丁寧に剥いたので赤みが残る。
   最初綺麗にできないので佐藤さんに良い方法があるか尋ねる。ところで、調理場で佐藤さんでも
  ないので
   「佐藤さんを呼ぶにはなんてよんだらいいですか?」
   「そうだな・・親方がいいな〜」とニヤニヤしてる
   「おやぶんだと駄目?」とからかう。
   「関西だとオヤッサンだな〜」などとウンチク開帳、わたしは拝聴。
   おもむろに出刃で薄く殻を削ぐ。深く入れると赤みも削ぐので注意が必要。このへんは私も手慣れて
  いるので簡単にできる。ところが身がビッシリなので身を取ろうとしてもカラにへばりついて崩れる。
   親方の指示を無視して、ハサミで両脇を切り、慎重に箸で抜く。
   「親方上手くいったよ」と見せる。
   「ひとつ良かったと喜んでちゃ駄目だよ。あともその調子で頑張れ・・」
   親方に軽口叩いたら、包丁の峰でコツンとやられるところだろう。今のわたしは追い回しなので・・。
   (追い回しとは、一番下位で使いまわされることいわゆる小僧)
   え〜〜とですね、その後3〜4の作業工程を各人に指図して大変集中してるので、からかって
  いられません。

   「え〜〜と笹渕さん」
   「え〜〜と親方、だれもそんな呼び方しません、健ちゃんです」
   「・・・・・」
   遊んでいても緩みない職場・・いいですね〜〜。ただ厳しい場面でおちゃらけは、峰でコツン。

   そこへ、「笹渕さん、奥様が見えてらしたわよ」と、京子さん登場。
   「あの人は、社員です」
   「そういえば社長って言ってたわ。奥様にも社長って呼べと躾けてると思った」
   「いつも健ちゃんです。子供の前でもそう呼んでますので・・立場ないんだよな〜」
   「んま〜・・・」

   これもテーブルでの写真。
    ブリにしょっつるをスプレーし(しょっつるに「スプレー」が出来ている!驚き。京子メモ)
   
レモンを絞る。海老の上に二切れがブリ。ブリの切れ端を食べて塩梅をみようと同行のアシスタント
   車さんに指示する。順序を間違えた。「バカ違うだろ!」軽いカミナリ。
    全体に気合が入った。わたしやきららかの料理人を叱るわけにはいかないので、車さんが
   矢面に立たされる。車さんもそのへんの呼吸を知ってるので「すいません!」

    きららかの料理人の方々は興味津々と親方の指示を待つ。いつもと違う料理なので楽しかった
   と思う。
    佐藤さん曰く「スーパーで売ってる魚でも美味しく料理するのが料理人!」が身上。鮮度が
   落ちてきたものでも美味しくさせるのが・・・・なんだと思います?・・・・ソースなんです。
    メニューの中でソースを使ったものが6件、お探しください。多分ヨーロッパで取得したと思う。
   ただし、日本料理も出汁が命なので、ヨーロッパで学ぶのは容易かったのでは・・。後日聞いて
   みます。
    一番手前が家内。キャワイイ・・コホン。
    体験料理会を終えてから、「きららか」さんの料理人3人から会場においでいただいた。
   
    彼らへ感謝の措辞を述べ、それから感想をお伺い。口を揃え「勉強になりました」。
   彼らの協力がなければ、今回の催しはできなかった。まったく経験のない料理を手掛ける、
   手順の違う仕事に戸惑いながらも完璧にこなしていただきました。ただ感謝です。

  ここで京子チャンのひとこと。
  1999年から2009年まで、足掛け11年・7回に及んだ倖三とのヨーロッパ料理行脚の一コマを
  思い出しました。
  あれは2000年。フランス南西部、ボルドーから汽車で1時間ほどの街・ペリグーでの料理
  フェスティバルでのこと。
  イタリアはアドリア海側の景勝地・サン・ベネデットから来ていた料理学校の生徒たちが、とても
  素晴らしい料理と飾り付けをして客をもてなしました。 そうしたら、食事会がたけなわを過ぎた頃、
  だれからともなく「シェフよ、シェフよ、料理人たちよ」のコールが! そして、初めは料理人たち、
  そのうち、長い拍手に呼び出されて、ホンのまだ徒弟に入ったばかりの小僧たちまでが、横一列に
  整列して、お客様の拍手を浴びていたのです。 いい風景でした。
  10時間以上もバスに揺られてやって来たのだ、と後に
イタリアの、その学校に招かれて日本料理を
  教えに行った私たちは聞いたのでした。
 あの拍手で、そのバス旅の疲れも、おそらく前夜は寝る暇も
  なかったような激しい労働も、報われたのではなかったかしら。 人はお金という報酬だけでは、
  本当にいい仕事は出来ないのです。「美味しかったよ!!」「有難う」「君たち、いい仕事をしたね!」
  この拍手に涙ぐんでいた若い男の子のことを、十数年たった今、思い出しました。

  男鹿の料理人と徒弟の若者たちも、いい風景でした。
 
   
 2月13日 食の体験

   男鹿の食材を「懐石」でいただく催しをご紹介します。
  
    マイクを握ってるのが佐藤倖三さん、右が奥様の京子さん。京子さんは音楽の先生が本職
   ですが、旦那様の薫陶よろしく料理の世界へぐ〜〜〜っと傾斜。イタリア、フランスなどを
   日本食伝道師として旅をしました。マネージャーというところですね。
    男鹿の料理全般素材が新鮮で豊かなせいか、その部分を強調する傾向がある。つまり素朴
   なわけです。今回佐藤さんはさまざまな手法で味を別の角度で際立たせてくれました。
  
   前菜 
    「いぶりがっこチーズ乗せ」 いぶりがっこにカマンベールチーズを挟んだだけですがグー!
    「道明寺 椿もち」 椿の葉は佐藤さんが東京から持参。男鹿は雪に埋もれているだろうと・・。
         (男鹿は椿が咲く、日本での北限なんですってね。「椿」という地名もあります)
    「干し柿チーズ巻き」
    「蕪の酒盗射込」 くりぬいて器にしたものです。
    料理は視覚に訴えることも大事ですね。
  
   向附 「ブリと海老のしょっつる掛け  いよかんの器にて」
    お刺身にしょっつるを掛け、レモンを絞ってます。
 
   今回佐藤さんには、全部男鹿産の使用と縛りはかけていません。男鹿の素材を活かせるならば
  「チーズ」だろうが「いよかん」だろうが構わないと告げています。
   なお、今は時化が多く希望の食材が入手困難でもあり、時期になれば男鹿で水揚げされる魚でも
  OKとしました。ブリ刺しは太平洋です。 
  
   焼物 「鰰とアボガド きりたんぽ 甘酒ソース」
   ハタハタは焼いてあります。12月水揚げされたハタハタは脂が無く、焼けばかたくなりますが
  アボガドと甘酒ソースに絡めることで欠点が補われます。下のキリタンポは土台の役割。ソースが
  ピッタシだった。
   食べ終えて、隣人と話しをしてたら皿を下げられた。ソースを舐めたかった。
  
   進鉢 「蟹セルクル盛り かぶソース喰い」(「セルクル、って何ですか」との質問あり。
        英語でいうサークル。丸いもの・の意。料理の道具です。それに詰めてから抜くと
        きれいな円形の累積が出来る。便利な道具です)

   カニは「本ズワイ」で地域により「松葉」「越前」の冠がつく。かぶソースは前菜の蕪酒盗で繰り
  抜いた部分をソースにした。
  
  強肴 「鮟鱇肝ステーキ 玉子味噌漬け 肝味噌ソース 香草添え」
    美味しすぎて・・・。隣席アシスタントの車さんが、自分の皿をそっと私にくれた。できる女だ。
   なお、名前が道子さん・・「車道子」なるほど・・・職場では「寅さん」の妹で「さくら」の愛称。
  
   食事 「鰰寿司の笹葉包み 蟹リゾット」
    撮影のため開いたが、供されるときはくるまれている。左のリゾットは「本ズワイ」を剥いたカラで
   出汁をとった。
    車さんが、「今までで一番美味しい寿しです。帰りにお土産で買いたいのですが・・・」嬉しい。
  
  水菓子 「季に熟す実」
   お刺身で器に使った「いよかん」の身をほぐし、ヨーグルトで調整。口がすっきり。

   男鹿にお客様を呼ぶには、こんな料理を出せるレストランがあれば鬼に金棒と思われる。

夜。家に帰って。
家内が「いぶりがっこチーズ乗せ」を、わたしもできるからと食卓へ。佐藤さんからいただいた白ワインと
相性が良くて8個食べた。途中で一服と玄関で煙草を吸おうとしたら、いぶりガッコの臭いが鼻につく。
少し食べ過ぎと思っていたところに、電話が鳴った。
「あなたの地区が火事だと、防災無線で放送してるけど・・・」姉からだった。
道路に出たら、高台に火の手が見える。隣の家から運び出すものがあれば手伝おうと駆けつけた。

残念ながら火元の方が亡くなってしまった。とても穏やかな方で残念です。合掌
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
2月16日    レストラン考

11時の「こまち」で佐藤さんが帰京。男鹿から車で秋田駅まで送った。車中、料理の話で盛り上がる。

男鹿市内には、魚を日中食べさせてくれるレストランなり食堂が殆ど無い。あってもグレードが低くて
お薦めするには躊躇するのが現状。胸を張れるお店があれば、昼観光に貢献できる。また素材頼りだけ
でなく、「料理の域」のお店があればと、市民全般が望むところなのです。
秋田市で「海鮮レストラン」を構える、同級生のようなお店があればといつも思っていました。車中の
話題はそのことでした。早い話が
「作ろう!3年の時間をかけ熟慮のうえやりましょう!」
意気盛んに。

「メニュー作りだけでなく料理経営にタッチしていただけますか?」
「もちろん!男鹿のためだったらなんでもするよ・・」と佐藤さん。

今回「きららか」で体験食事会に参加した面々は、佐藤さんの料理に直接触れたので、協力者を探す
のに手間暇はかからない。

同志探しから始めます・・民間活力ですね。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
2月18日   「友情」

昨夏、あるホテルから「料理長が辞めるので困っている。誰か知り合いはいませんか?」と連絡が
入った。まだ繁忙期なので困惑はたいへんなものだろう。

頼んできた方は取締役で料理全般の責任者。彼はここ十数年納入業者だけでなく、友人としても
大事な方。「食」を通じ肝胆相照らす時間を多く持ちました。お互いの信頼からお願いとなった
のでしょう。(以前別件でも解決したことがありました)
彼が困ってるなら、一所懸命料理長格の人材を探すことになります。これはわたしなりの友情。

あちこち連絡を飛ばしたが適任者が見つからない。ほとほと困りはて佐藤倖三さんに連絡を入れた。
「秋田に知り合いの料理人はいませんか?」
「東京の生活だったので・・・」

しばらくして電話が入った。
「私が行こうか?あなた頼まれて困ったんだろう。次が見つかるまでの繋ぎだけど・・」

私は佐藤さんの資料をホテル側に提示した。
「この方は料理の師範じゃないですか・・。わたしたちが逆立ちしても届かない地位にあるんですよ」

残念ながら佐藤さんの助っ人の件は成りませんでした。
「佐藤さんのあなたへの友情に応えられなくて、申し訳ありません」

佐藤さんは先輩であり別世界の人ですが、示してくれた友情を忘れることはありません。ともかく
今回男鹿の方々へ料理の紹介できたことで、少し胸を撫で下ろしています。
(倖三はとっても嬉しかったのです!有難う)

今朝の魁新聞に「佐藤倖三さん」の記事が載ってます。ご覧ください。

   今夜(2014.2.18.)6:15、秋田朝日放送の「県民ニュース」に、放映されます。ご一緒した
   「戸賀の番や」 昼食シーンも出ます。
これもどうぞ!

http://www.namahage.ne.jp/~kaiyobussan/sasimi.html
笹渕氏のご了解を得て、少々の編集を加えながら、転載させて頂きました。 ご厚意に感謝するとともに、
「文化伝承空間“結”」 倖三のプログをお読み頂いている方にも、男鹿の快男児のHPをお読み頂きたく、
アドレスを掲げました。お楽しみ下さい。 文責: “結” 副主宰 土田京子
  



  
 



 


カレンダー

 123456
78910111213
14151617181920
21222324252627
28293031   
<< July 2019 >>

最近の記事

カテゴリー

月別記事

倖三の本

こちらもどうぞ

ブログ内を検索

モバイル版はこちら

qrcode