名残の茶事 を致しました

 名残の茶事 を致しました。

 先週末、2012.10月14日「名残の茶事」を終えました。
はぁー、 なんです。ホント。 数あるお茶事の中でも、もっとも
実力のある茶人がするものだ、と常々亡き母が申しておりました。

 
 わが家での、飯島先生の「名残」は今回で3度目になります。
しかも「藁灰」です。私の流儀は「表千家」なので、この「藁灰」というものを見たのは3年前が初めて。そりゃあ、びっくりしましたよ。なんという手間だろう、と。第一、この「藁灰」(稲を刈り取った後の藁を蒸し焼きにしたもの、だそうです。それは美しいものですヨ)を造る人がなかなか居ないそうな。そりゃ、そうでしょう!どんなにか手間いりで、かつ難しいものなのではないかしら。

 
 それがよくしたもので、お仲間というのは有難い。ちゃぁ〜んと
そういう奇特なご仁を友達に持ったお仲間がおられるんですね。お茶の先生には。

 今年は先生が、前々から探していらした「やつれ風炉」のお気に
入ったのが見つかったそうで、登場致しました。やはり、風情がありますナ。

そして又、有難く楽しいのは、前日からの準備を必死に一緒になって
やって下さる、我が家での勉強会の仲間たち。倖三の懐石準備を、何人もの「見学者・助手」が取り巻きます。これもなかなか、実現し難い光景です。将に「一座建立」は何日も前から始まって、茶事当日に完成するもの。

わが師匠・数江教一先生は「何を措いても茶事をやりなさい。茶事をしないのなら、何のために茶の稽古をするのか」と、口癖に仰いました。誠に忠実な先生の弟子であった亡母は、本当に熱心に茶事をして
いました。「自分相応の茶事をしなさい」という、先生のお言葉に励まされて。道具はあるものでいいのよ、と自分に言い聞かせるように
つぶやきながら。 今、その気持ちが痛いほどわかります。
 私自身は、まだまだ「使いっぱしり」の裏方しか出来ませんが、又、我が家を会場にして、こんなに熱心に茶事を教えて下さる飯島先生は他のお流儀(裏千家)でいらっしゃるのですが、「茶事は流儀を超える」との恩師の言葉を反芻しながら、毎回、素晴らしい経験をさせて頂いています。 (“結” の小間使い・・土田宗京 記)

 次は、新年、2013年の初釜です。(1月27日)

 新しい仲間を歓迎します。

 参加希望は、当HP「お問い合わせ」から。


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