お茶事が好きな方へ

今回は、包丁人・倖三の女房・京子からのお誘いです。

 茶道を学ぶ方にとって、「茶事」は最も楽しい催しだと思います。  
でも、自分で催す・となるとちょっと二の足を踏んでしまい勝ち。だって、道具をそろえるのは大変だし、心を一つにして動いてくれる仲間がそう簡単には見つからない・・・ 中でも懐石料理がちゃんと作れるかしら・・
考えだすと、なかなか足が前へ出ませんね。 

「招んで頂くんなら嬉しいのだけれど」という声も聞きます。
しかし、茶事は「催すこと」の方がずっと面白いのですよ。確かに、必要な道具の数はかなりなものです。そろえるのも大変なら、しまっておいたのを出して使い、その後の片づけも労働ではあります。それでも、やりたくなってしまう魅力が「茶事」にはあるんですねぇ。

でも、方法はいろいろあると思うのです。足りない道具は持ち寄って、とか。

 私の場合は、実母が大変熱心にこれに取り組んでおりましたから、一通りの道具を持っていたことが一番大きな動機でした。
60
の声を聞こうとする頃になって母が他界し、さて、このお茶への執心の後をどうしよう、と。 

私自身、若い頃からお茶そのものは好きで、母の許で一通りの点前の稽古も致しておりました。又、やはり好きだったのでしょう、学生時代には母のお師匠様であられた表千家の重鎮・数江瓢鮎子先生の許へ連れて行ってもらったりも致しました。先生のお講義が大好きで、ほんの数回ですが、親しくお話を聞く折を得られたことは、今にして思うと何という幸せであったか、と思います。

母は、私たち子供が「数江教の信者よね」と笑っていたほど、熱心に先生のお茶事稽古に通っておりました。
一人だけの女の子であった私は、母がお稽古から帰るとは、興奮して語る「今日はこうだった」「先生がこう仰った」という“口頭復習”にいつも付き合わされたものでした。将に「門前の小僧」。

私の10代は、専門の音楽の勉強に唯々忙しく、寸分の暇もないと言いたいほどの日常でした。音楽の修業というのは、誠に時間を喰うものなのです。ピアノを毎日3〜4時間、大学受験となってからは、専門の作曲実技に要する時間と来たら・・という具合で。 又、大学生活も大変厳しいものでして、何とか落第しないで卒業するのに必死。さて社会人になり、結婚、子育てと目まぐるしい20代から30代前半にかけて。それでも夏の「表千家茶道大学」(新宿の柿伝で行われていたそれは、講師陣も素晴らしく、とても充実した内容でした。)に参加したのはとっても楽しい出来事でした。
 
 それから長い空白期間が有りまして。母の熱意をすぐそばてみていながら、庭の草取りを、申し訳程手伝ったくらいしか「茶事」には参加しない(出来ない!)不肖の娘・の見本だった私が。
母の没した事を機に、「60の手習い」もいいところ、お茶に執心し始めたのですから、人生は解らない。
 紆余曲折はあったものの、現在は大変素晴らしいお師匠様に恵まれて、楽しく、楽しくお茶の勉強をさせて頂いています。
私の先生は、毎年2回、茶事を催して下さいますし、誠に行き届いたご指導と、心温まるご薫陶に唯々感謝。先輩方も、こんな「遅出」の後輩に優しくして下さいますし。
 
 こうした有難い環境に恵まれるようになった私に、次なるきっかけが与えられたのです。現在、「結」において、年に数回の茶事を指導して下さっている、飯島宗章先生との出会いです。 先生は裏千家の方ですが、その茶事に対するご熱心とご修業の深さは素晴らしい。そして、わが家には懐石料理を作るのが大好きな料理人が控えておりました。
 
夫・倖三は本当に料理を作るのが好きなんだと思います。特に懐石は、材料の選択、調理、お茶の作法との兼ね合いなどなど、気働きの多い仕事だと思うのですが、まったく苦にする様子もなく働きます。
このことに支えられて、「飯島社中」とも言うべきお茶事好きのグループが出来ました。
 お流儀が違うというのは、こんなに細々と違うものか、と目を見張る事のみ多い日々が5年近くも流れまして。 やはり、自分の流儀でやってみたくなったのです。自分のお師匠様にも細かくご指導を頂きながら、ヨチヨチと歩き始めました。
 
 茶事の本義は、元よりお茶を美味しく頂くこと。しかし、懐石料理を頂く楽しみも、実は大きなウェイトを占めているのではないかしら。
その懐石が作られていくプロセスを、きっちり見せてくれる茶事の現場、と言うのは滅多にありません。 これが私には大変な幸いをもたらしてくれています。「お料理を作る所も見られるの?」という声です。
ある友人がつぶやきました。「ホント、茶事って、経験した回数でしか力が積み上がって行かないのよね。」と。まったくそう思います。
 
 倖三の懐石が生まれる現場に身を置き、かつ、茶事の準備の諸々をご一緒に修練しようとお思い下さる方、
どうぞご参加下さい。

 
 次回は 2015.9
月6
を予定しています。

 

これを書きましたのが2015.7.29.のこと。  その後も順調に表千家、裏千家、共に茶事の勉強会は続いており、次の会は

裏千家・・2017.4月1日と2日。   表千家・・4月23日です。 興味のおありの方、どうぞお問い合わせ下さい。
 
 
 


裏千家・初釜の茶事を致しました

2017.1月29日。 去年10月の「名残の茶事」以来、3か月ぶりのお茶事です。

 

今回は大分遅めになりましたが、「初釜」ですから、お道具立てもおめでたく。

いつものことながら、前日の準備から大賑わい。夫・倖三は朝早くから買い出しに。

私は、道具を倉庫から出すのがお役目。これが細々としていて、結構厄介な仕事なのです。

この茶事教室も始まってから早くも満7年を経過。8年目に入りました。

かなり慣れたとは思うものの、やはり毎回緊張します。

 

前々日の夕方、お願いしてあった「青竹が用意できました」との友人からの電話。

この素晴らしいお友達には、これまた素敵なお兄様がいらして、毎年、初釜の柳を

挿す、青竹の筒を妹さんの為に作って届けて下さるのだそうです! いいなぁ〜〜〜

 

で、私はそのおこぼれに与って。いそいそと、駒込まで頂きに上がりました。戻ると

一番早いお弟子さんがやって来て、庭を整える手伝いをしてくれた。これが有難い。

冬は楽ではありますが、でも、一人で黙々とやるよりも、若いパワーに助けて貰って、

だと一層元気が出ます。

 

13:30、続々と助っ人登場。ご指南様の飯島先生が山のようなお道具と共にお着きに

なると、いよいよ茶室が華やぎます。「心利きたる一番弟子」が見事に取りさばいて

段取りが出来て行く。こういう時間が楽しいですねぇ。

台所では、夫の料理が進んでいます。こちらにも助手が2〜3人。まあ、賑やか。

私はせっせと事務仕事に専念出来て有難い。

 

さて、一夜明けて。庭を見回り、掃除の上にも掃除をして、水撒き・・諸々の仕度に

落ち度がないかを点検。私の茶事ではないので、細部は先生とお弟子さん方が整えて

下さるのですが、私の役目は「OOが出てないんですぅ!!!」とか、「使うお器が

変わりましたぁ。OOの鉢はどこですかぁ?」の絶叫に対応すること。

これが結構神経を使います。

 

で、いよいよ始まります。今回のお正客は静岡からお見えになる男性。袴の男性が

正客に座って頂くと、なかなかいい雰囲気です。

 

とても和やかに、とても粛然と、いいお茶事でした。

 

次回は4月の1日、2日の土・日に、2組に分けて行う事にしました。

嬉しいことに段々、参加希望者が増えて、1組では入り切れなくなったからです。

 

まだ決定ではないものの、何ですか、先生は素敵なご趣向をお考えのようですよ!

ご希望の方は、なるべく早めにお問い合わせを頂きますように。

お待ちしています。

     2017.1.29.   “結”  副主宰   土田京子(宗京)


初釜の季節

年が改まって、早くも如月。と言っているうちに弥生も迫って来よう、と言う頃ですが。
お茶を楽しむ人々にとって、お正月は「初釜の季節」。私の先生のお初釜も例年の如く、清々しい蹲を遣わせて頂くことに始まり、
お心入れの小間のしつらえを拝見し、と諸先輩の先導で厳粛に始まりました。続いて先生方お手作りのお雑煮にお重箱が出て、
普段のお茶事よりも少し寛いだ雰囲気。やはり、お正月はいいなぁ〜〜と。

先生から、お家元での初釜のご様子など伺いながら、私なんぞは、拝見する折もなく終わるだろうけれど、きっと素敵なんだろうなぁ、と想像を膨らませて。

続いては、自分の家での初釜の茶事。随分慣れましたけれど、自分で主宰する茶事というのは、やはり緊張します。
しかし、ニンゲン、緊張する機会というのは大切です。柱と頼むパートナーと二人で、駆け回り、知恵を絞りまくり・・・
この緊張感と「忘れ物はないか・・」 頭をフル回転させること、は老化防止にはとってもいい、と思います。
何度やったって大小の失敗や、「あぁすりゃよかった」だらけです。で、いつも相方との反省の弁は「後、もう2〜3回、
準備稽古をするべきだったわねぇ」と、同じため息の繰り返し。でも、素晴らしい若い仲間が、ある時つぶいた言葉。
「お茶事はやってナンボ、ですからね。とにかく、数を重ねているうちに、だと思います」これを励みに、又、春の茶事に
挑みます。

 

次の茶事

   
       裏千家流 茶事教室 in "結"
 
 2014年7月6日の茶事を最後に、“結”での裏千家茶事はしばらくお休みを頂いてしまいました。
ご指南さま、飯島先生の名古屋ご本家でのお茶事がいろいろと立て込んでしまい、先生のご都合が
つかなかった為です。
ご本家では、暮れに「夜咄」を一度、更に「除夜釜」を二度、と大活躍の先生。ともに私・倖三が
懐石を担当すべく、名古屋へ助っ人に飛んで参ります。大変には違いないが、なんとも楽しみな
歳の暮れ。

 とは言え、東京のメンバーたちも「センセー、次はいつですかぁ??」と首を長くしています。
 新年、2015年からは又、これまでのように隔月の開催を目指します。

 皮切りは 2月1日の「初釜」から。参加ご希望の方、又 詳しいことをお知りになりたい方は
 当HP{お問い合わせ窓口}からどうぞ。

 人数が揃い次第締め切りますので、お申し込みはお早めに。

濡れ灰を作る

 さあ、夏だ!という時、それは「あぁ、あの酷暑との戦い」ということなんです。お茶事を楽しむためには。
土用の、その暑さの盛りに作っておかなければならないものがあるんです。「濡れ灰」(私ども表千家流ではそう呼びます。)お裏さんの方々は「湿し灰」ともおっしゃるようですね。
11月から翌年4月までの「炉」の季節、釜の湯をたぎらせ続ける為に炭をつぐ。その「炭点前」の時に使う灰は、この盛夏の太陽が作らせてくれるものだからなのです。

母が毎年作っていた時は、「子供の遊びでもあるまいに、なんでこんなヘンな泥団子を並べているんだろう」という程度の認識でした。これが、炉から上げた灰を水簸して乾かしているのだ、とは知らなかった。ましてや、それに番茶を煮だした濃い〜い汁で色をつけるのだなんて。
これを「手を取って」教えて下さったのは裏千家の飯島宗章先生でした。「こうこうして、こう番茶を煮て・・」と言ってもらっても、そこはやっぱりいっしょに灰を洗い、上澄みの水を捨て、干して。
番茶を煮詰めるにしても、どの位の水にどのくらいの茶の葉を入れるのか。また、どの位の時間、どの位の火で煮詰めるのか。実際に一緒にやって頂けた幸いは素晴らしいものでした。

2回の夏を一緒に過して、どうにか真似して作れるようになりました。ここ3-4年は一人でやっていたのです。
そして今年。飯島茶事の面々から「今年は見せて頂きたいわ」との
声。 うぅ〜ん、結構大変なんだよなぁ、この暑さだし。(一人で
パパッとやっちゃうほうがラク)というにが本音でしたが、「そういうことではいけない。あなたが教えて頂いたことを、他の方にお伝えするのを渋るなんて、オマエはなんてヤツだ」と、頭の上で誰かが怒っている。仕方がない。と、諸々の準備にかかる。
やっぱり、仲間がいるのっていいことです。「一人でパパッ」だったらちょっとサボりそうな手順もちゃんとやりますから。

先生にも来て頂くことになり、準備万端整った当日。「お〜い雨だぞう」の夫の声! エェッ、と外を見るとパラパラと。
あ、う〜んですよ。しかし、こればっかりは。お天と様にはかなわない。そして、明日。今一度、の日がやって来ます。さぁ、どうなりますか。

お茶事って、こんなに見えないところで人の手間がかかっているんです。「お心入れのお灰で」という、茶席でのセリフが、本気で言えるようになる、というお土産を楽しみに、明日、ガンバリます。
本来の「土用」をはるかに過ぎた今、「おや、まあ、今頃かい?」と
目を丸くしている母の顔がちらつきますが。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
ご報告。今一度の挑戦は見事な晴天に恵まれて、大成功。
飯島先生はご都合でお見え頂けなかったので、さあ、度胸一番!大した経験もない癖に、一人で音頭を取らねばなりません。でも、集まって下さったメンバーがよいものだから、とても楽しく、手早くできました。人手が多い、というのは有難いものです。

仕上がった濡れ灰を樽に詰めて「冷暗所」に収めた時の安堵感。
あぁ、これで一冬、炭点前が出来る、と言うものです。
ご一緒して下さった皆さん、有難う!


















3

お京さんの茶事デビュー

  (今回は女房が書きたいというので・・・)


思えば飛んでもないことを考えたものです。

 

そりゃあ、裏千家・飯島宗章先生のお茶事の裏方・女中をさせて頂いて4年半になります。

自分の先生が年3回教えて下さるお茶事で、半東と亭主を1度づつ勤めさせて頂きました。

(入門からの年数の短い者に、こうした勉強をさせて下さる先生の有難さ!)

亡母がそれは熱心に茶事をしておりましたから、やや「門前の小僧」ではありました。

 

だからと言って「自分で茶事をしよう」あまつさえ「先生とお稽古の仲間にお客になって頂こう」だなんて。お茶の世界の常識からいえば“10年、いや20年早い”んです。


 しかし。私は茶事に魅せられたのが遅すぎた。母が唯々茶事がやりたくて、粉骨砕身の努力をしているのを、見ているだけの不肖の娘。それが不思議なものですねぇ、50代も終わりになる頃からその魅力・魔力に捕えられてしまったのです。茶事にはとにかく体力が要る。夫の造る見事な「懐石」なくしては、とても私の茶事は態を成さないのですが、ほぼ同年の夫の体力だって無限ではない。こんな楽しみが後何年楽しめるだろう、という思いは切実でした。

 

私の先生のお稽古場は、先生のお腕とお人柄の素晴らしさに加えて、先輩方がお優しい。悩んでいる私の背中を「やってごらんなさいよぉ」と、ポンッと押して下さった。1年あまりの逡巡が吹っ切れて、私は清水の舞台から飛んだのです! 2013年 4月6日のこと。

 

以下、夫の弟子“トラちゃん”こと車 匡史クン撮影の写真を添えて、のご報告。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


*寄付  「春風花自開」 の色紙

 

 さぁ、ここに出す莨盆の火入れ。これが私には大変でして。タイミング                  と
灰の筋が・・ 今回は熟練の先輩が半東を勤めて下さり、はぁ、という間に 出来ました。


 *露地草履はちゃんと並んでるかな? これは自分で出来ました。


 *蹲  前日から気合を入れて掃除。しかし「三露」の間合いの難しさ。

    皆さん、厳かに手と口を漱いで・・・


 *席入り  ・・・どうやら席も定まった様子。 いざ出番!

     

 するすると障子を開けて。正客を勤めて下さる先生の「どうぞお入りを」で
席に入る。心づもりした挨拶が、どこへ隠れたのか思うように口に上らない。

(参るなぁ)先生の見事なお正客ぶりに見とれて。(今は見とれてる場合じゃぁないだろうが) 

 今回は「前茶」なので濃茶を。 練るのは盟友・あきよちゃん。

彼女は私よりしっかりしていて、悠々と美味しい(はずの)濃茶を練って    くれる。


  ・・・  ここで中立ち。・・・・

 

* しばらくして。喚鐘を打つのだが、担当した者、なかなか狙った
   箇所に撞木(しゅもく・鐘をたたくもの)が
当たらない。
   これも打つ人をしっかり決めて、事前に実地の練習をしておかねば、   と
反省点。

 

* 炭点前の後、懐石が始ります。

�まず「折敷」と呼ばれるお膳に「四つ椀」と下の写真の「向付(むこう
 づけ)」に利休箸が添えられて供される。

京子先生茶事ー向附
「鰹に酒盗ダレ・花小松菜を添えて」

� 燗鍋(酒)が出ます

� 懐石の華・「煮物椀」

京子先生茶事ー椀物

 桜麩 海老真薯射込 こごみ 空豆 木の芽

� 焼物

京子先生茶事ー焼物

かます菜種焼 甘酢みょうが添

�進鉢

京子先生茶事ー進鉢

 

 新筍の土佐煮 車海老の旨煮 独活・わらび

� 強肴 1.

京子先生茶事ー強肴1


 まぐろのぬた

� 強肴 2.

京子先生茶事ー強肴2


 桜道明寺蒸し

これらが出るまでに、二度目のご飯や味噌汁のお替えが出たり、燗鍋(酒)
がもう一度など、いろいろの手順がございます。そして・・・

� 八寸  (料理人が「煮物椀」と並んで、目の楽しみに腕をふるう!)
京子先生茶事ー八寸

 蒸しあわび 蕗の薹

「八寸」が出ますと亭主と客が、これを肴に盃の献酬を楽しむ「千鳥の盃」
が始まり、懐石のクライマックスを迎えます。

そしてこの「盃ごと」が終わりますと、熱い湯に焼き米を放したものが
運ばれ、客は同時に供される「香の物」を相手に、飯椀をこの湯で濯ぐようにして頂きます。

最後に膳を下げた時には、最早洗う必要もないかな、と思うほどきれいに
ふき取られた器から、懐石の作法が、禅寺の雲水の暮らしぶりにその基を
持っていることが思い起こされます。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

トラちゃんの写真撮影は、「料理仕上がり」・・「運びますヨ!」という
半東さんの声に急かされての緊迫の中で行われます。 従って「あぁ、箸が
も一つ揃ってない!」とか、「撮影状況をもっと整えたかったのに」・・
とか、うらみ言があちこちから聞こえてきます。

しかし、茶事全体もそうですが、特に懐石の裏方の時間との戦い、手順を
研ぎ澄ましておかねばならない緊迫の雰囲気を、汲み取って頂けたら嬉しい
です。

こんなこと、もう二度と出来ないんじゃないかと思うほどの緊張と、後に
どっと出る疲れ。しかし、その波が引いていくと、「次は朝茶をやって
みたいわねぇ」なんて、同志ともいうべき仲間たちと、思いもかけない
会話を交わしている自分が居ます。

本当にお茶というものには深い魅力があるのです。







 






名残の茶事 を致しました

 名残の茶事 を致しました。

 先週末、2012.10月14日「名残の茶事」を終えました。
はぁー、 なんです。ホント。 数あるお茶事の中でも、もっとも
実力のある茶人がするものだ、と常々亡き母が申しておりました。

 
 わが家での、飯島先生の「名残」は今回で3度目になります。
しかも「藁灰」です。私の流儀は「表千家」なので、この「藁灰」というものを見たのは3年前が初めて。そりゃあ、びっくりしましたよ。なんという手間だろう、と。第一、この「藁灰」(稲を刈り取った後の藁を蒸し焼きにしたもの、だそうです。それは美しいものですヨ)を造る人がなかなか居ないそうな。そりゃ、そうでしょう!どんなにか手間いりで、かつ難しいものなのではないかしら。

 
 それがよくしたもので、お仲間というのは有難い。ちゃぁ〜んと
そういう奇特なご仁を友達に持ったお仲間がおられるんですね。お茶の先生には。

 今年は先生が、前々から探していらした「やつれ風炉」のお気に
入ったのが見つかったそうで、登場致しました。やはり、風情がありますナ。

そして又、有難く楽しいのは、前日からの準備を必死に一緒になって
やって下さる、我が家での勉強会の仲間たち。倖三の懐石準備を、何人もの「見学者・助手」が取り巻きます。これもなかなか、実現し難い光景です。将に「一座建立」は何日も前から始まって、茶事当日に完成するもの。

わが師匠・数江教一先生は「何を措いても茶事をやりなさい。茶事をしないのなら、何のために茶の稽古をするのか」と、口癖に仰いました。誠に忠実な先生の弟子であった亡母は、本当に熱心に茶事をして
いました。「自分相応の茶事をしなさい」という、先生のお言葉に励まされて。道具はあるものでいいのよ、と自分に言い聞かせるように
つぶやきながら。 今、その気持ちが痛いほどわかります。
 私自身は、まだまだ「使いっぱしり」の裏方しか出来ませんが、又、我が家を会場にして、こんなに熱心に茶事を教えて下さる飯島先生は他のお流儀(裏千家)でいらっしゃるのですが、「茶事は流儀を超える」との恩師の言葉を反芻しながら、毎回、素晴らしい経験をさせて頂いています。 (“結” の小間使い・・土田宗京 記)

 次は、新年、2013年の初釜です。(1月27日)

 新しい仲間を歓迎します。

 参加希望は、当HP「お問い合わせ」から。


春の茶事教室

  年が改まり、「初釜」のお招ばれや、わが“結”の初釜にてんてんこ舞いしたのは、ついこの間、と思えるのに、早くも桜の季節の準備です。

 “結”での茶事教室は、裏千家・飯島宗章先生のご指南で、4年近い稽古を積んで来ました。

 その間、しっかり続けてくださっている方々もあり、又、お集まりのメンバーの中には、種々の事情でお越し頂けなくなった方もいらっしゃいます。が、変わらないのは先生の茶事への情熱と、それを慕って稽古を続ける方たちの、楽しそうな姿です。

 いろいろなお茶事をして頂きました。「花見」・「初風炉」・「名水」・「雨乞い」・
「名残り」・「口切」・・
 中でも印象深いのは「夜咄」と「除夜釜」でしょうか。

 本当に大変なご努力で、まことに珍しい経験をさせて頂きました。

 次の催しは 2012.7月8日。

 どうぞ、参加の「約束事」など、お問い合わせください。

 なかなか経験することの出来ない「茶事」ですが、心を
合わせて一座しよう、とお思い下さる方の、お問い合わせを
お待ちしています。

 →お問い合わせはこちらまで


はじめまして・ブログ第1号!

懐石の内「八寸」大分前にHPを作りましたが、やっとそれに続く、ブログを書く段取りになりました。

「文化伝承空間」なんて、ちょっと
いかめしい呼び方を考えたのは、
われら夫婦の運営する各種の催し・教室が、あまりに多岐にわたって
いるので、「これ」という呼び名を考えられなかったからなんです。 
HPをみて頂ければわかりますが、二人合わせると何とも間口が広い。

しかしブログでは、別々の項目で、日々の活動をお伝え出来る、と張り切っています。

まず、私の本職・料理のことから。

 新橋烏森口にあった「馳走や倖三」を閉じてから、早いもので5年半になります。
11年の間、沢山のお客様にご贔屓を賜りました。 しかし、「新橋地区再開発」という時代の波には
勝てませんで、ここ練馬の一隅に居を構え、“結”を開設したのです。

 今の活動の中で、一番面白く、有難いのが茶懐石を提供すること。  女房の亡母が長く表千家の教授をしていたものですから、幸いなことに、質素ながらも一通りの設えが我が家にございます。
それで、我が家ではほぼ二ケ月に一度の割合で、お茶事の稽古が行われておりまして、 これに、
私が懐石を造る訳です。
 
 気のおけない仲間と、実にしっかりと稽古をつけて下さる先生(私どもでは“ご指南さま”とお呼び
しています)との気合はぴったりと合って、前日の「仕込み」には、何人かのメンバーが、集まるの
です。 ほとんど「懐石料理教室」の様相。

 上に掲げましたのは、「八寸」といいまして、懐石を頂く上でのハイライト、「千鳥の盃」の折の
料理・設えです。

 茶道の稽古は、この「茶事」を楽しむためにするものでございます。
 とは言え、いざやってみようとなると、庭の掃除から始まって、道具の取り合わせの工夫、懐石の
献立を考えての調理、道具の出し入れ、と なかなかの手数ではございます。
がしかし、慣れてみればこんな楽しいものはない。

 ですが、中でもお茶を嗜む方々を悩ませるのが「懐石料理」でしょう。 素人さんには、そう簡単
には相対することに気おくれがする。 そこで、私ども職人の出番、となる訳です。

まあ、そんなことで、我が家での稽古茶事に加えて、最近ではぼちぼちと各方面からのご注文が
ございます。有難いことでして。
 慣れた自分の台所で造りました料理を、先方様へお届けするのは、それほど大変なことでは
ないのですが、緊張するのは「いざ、本番」で、お茶事の流れの中へ、自然に滞りなく料理を
お出し出来るか、という瞬間ですね。 茶事というのは、タイミングがすべて・ですから。

 ですから、まずは初回のお打ち合わせに始まって、大体、どんなお器をお使いになるのか、とか
(逆に「倖さん、今回はどんなお料理?それによって器を選ぶから 」なんて場合もございます。)
ご注文主のお茶人さんとの、心の通い合いが仕事の成功の鍵。
こういう所が、大変でもあるけれども、料理人の最大の楽しみでもあるのです。

 ご注文主の先生と、そのご社中の方々又は、お客様方に「美味しかったよ」とのお言葉を
頂ければ、本当に幸せな気分になる、という次第。

 こういう日に、助手に召し連れた者と(大抵は無給の助手・女房でありますが・・・)傾ける打ち
上げの“一杯”は、至福の味が致します。

 茶事はお流儀を問わないと申しますから、一度、どうぞ“結の稽古茶事”を覗いて下さい。
お待ちしています。

                    “結” 亭主  倖三

 →お問い合わせはこちらまで


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