俳句 始めませんか?

 私が俳句に手を染めたのは、もう随分古い話になります。

このHPにも宣伝を載せていますが、拙著「包丁人の季語日記」にも書きました。
料理人には「季語」は、欠くことの出来ない素養であった、というのが始まりです。

 しかし、現在の私の俳句との関わりは、そこから大発展して、大事な趣味又、生活の一部になっています。
 というのも、俳句結社「扉」の創刊主宰・土生重次先生に出会い、親しくご指導を頂いたご縁から、もう二十数年も「扉」の仲間と俳句を楽しんで来たからです。

 現在は「扉」のいくつかある部会のうち、主として東京句会に
出席・所属して活動しています。
毎月の投句締切日は、女房共々「ウンウン」唸って(なかなか、思うような句が出て来ない!)いる有様で、ようよう投函して来た暁には「おぉ、借金返した気分だ」何ぞと言い合っている、何年経っても進化の遅い者どもではあります。

 しかし、こう言いながら、この「苦吟」もまた、楽しからずや、なのが俳句の魅力・魔力なのでございます。

 それで、2-3年前からわが“結”でも、月に一度の「俳句勉強会」を始めました。
最大の理由は、大勢の集まる句会では、なかなか聞けない細かい点での疑問に答えて下さる先輩を迎えて、ご指導を仰ごうということ。 次には、何にしろ同好の士が集まってする
「句会」を増やすことで、何句でもあれ句を作ろうよ、という考えでの勉強会です。

 ここで「足慣らし」した人々を、「扉」にお連れする準備機関でもあります。

という訳で、まったくの初心者・大歓迎の勉強会ですので、是非一度、遊びにいらして下さい。

 参加費は2,000円。 私・倖三の大鉢料理をつまみながらの、楽しい会です。

 「俳句始めませんか?」 とお誘いすると、10人中8.5人までが「私にはそんな才能はありません」と仰るンですよ。

 いやはや、飛んでもないことでして。大俳人になろうには、そりゃあ、「才能」が問題になるかも知れません。 しかし、我々のように、唯、四季の移ろいに敏感になり、(季節を何倍も楽しめす!)、楽しく酒を酌みながら、共通の話題で切磋琢磨する仲間を持ちたい、
そんな素朴な願いなら、才能は話題にはならないのです。

 どうぞ、これも一度ご見学頂きたく、お誘いを申し上げます。

    “結”   亭主   倖三


次回の日程:2013.2月22日18:30〜21:00位
  会場: “結” 東京都練馬区
  最寄駅: 地下鉄・有楽町線+副都心線(2線乗り入れ)
        「氷川台」駅 下車 徒歩4分
 
 →お問い合わせはこちらまで

  * 宣伝をさせて下さい。
  「包丁人の季語日記」を“読んでみてやろうかなぁ”と
   いう方、どうぞメールを下さい。 お送りします。
  (送料無料)
   自分でいうのもナンですが、面白いと、沢山の方に
   読んで頂いています。アマゾンや書店でも買えますが、
   どうぞ当方へ

俳句と仮名遣い

 俳句のグループ、これを「結社」というのですが、一体
全体、日本にいくつ位あるとお思いでしょうか?

 私がはっきりした数を承知している訳もないのですが、
10年ほども前になりますか、相当物知りな仲間に「800
以上はあるだろうね」と聞かされて、びっくりしたことが
あります。

 それぞれの結社には、掲げる方針がありまして、俳句雑誌をパラパラとめくってご覧になると、「主宰」と呼ぶリーダーの言葉としてまず最初に述べられています。

 大別すると、いわば「古典派」とでも言いましょうか「花鳥諷詠」四季の味わいを重んじつつ、言葉の扱いは出来得る
限り“旧仮名遣い”で、という派と、いやいや、格別そうまで
クラシックでなくてもよいだろう、もう少し自由に行こうよ、という派。 もう少し進むと、「いやー、場合によっては季語に縛られなくてもいいのでは?」という「無季」までも包含
する太っ腹の結社もあるようです。

私が俳句に手を染めるきっかけを作って下さった「扉」の創刊主宰、土生重次先生は、かなりクラシックな方でして、「季語の働きを大切に、一読句意明快」「一句に“ひとふし”が無う
ては俳句としての味がないがな」(先生は、泉州堺の生まれ、生粋の関西言葉の方でした)という、実に明快なポリシーを
お持ちでした。

 
唯、下手の横突きで遊んでいるうちはいいのですが、振り返れば入門以来、20年を過ぎるかとなりますと、あんまりアホな間違い(句の良し悪しまで到達しない、文法上の誤りか・・)を放置しておいては拙かろう、という気分になって来ます。

 私は、早くから職人修業に入りましたが、女房は畑違いとは言え、私の言葉で言う「ガッコ(学校)の先生」でありますから、ますます都合が悪いのであります。ヤツは「やーだわ、私、国語は好きだし、本も大好き。普段は言葉のことで困ることはないんだけど、古文文法
ってほとんどやってないのよ。だって高校から音楽科に行っちゃったんだもン。大学の入試に古文はあったと思うけど、落ちるのが難しい位カンタンだった。その分、専門の試験に比重がかかる大学だったからね。」
「そんなの言い訳になるかよぉ。俺と違ってお前はアタマで飯喰ってるんだろうが」と、
ちょいといじめて楽しんでみても、コトの解決にはなりません。

 そこで二人で考えました。お互い、ちーと年は喰っちまったが、知らないことは習わにゃぁ
いつまで経ってもアホのままだ。ここは一番、誰か「ご指南さま」を探そうじゃないか、と。
そう相談が纏まると、世の中よくしたものでして、案外身近におれられるんですなぁ、頭の
いい人、ってのが。

これが、現在の我が家での俳句勉強会の「ご指南さま」だったという次第。
この方は、大変几帳面で、物事をきっちりと整理片づけて、元々が出来のいいオツムに畳み込んである、というご仁でして。その上、教え惜しみをしない、というのが私どもには有難い。

 それで当初は「二人でこっそり習おうよ、皆には恥ずかしいから」という気分だったのですが、「えぇ〜、倖さんチで、なんか始まるのぉ?」みたいにバレてゆき・・・ じゃ、いっそ
はっきりと仲間を誘って、皆で賢くなろうか!となった次第。

 で、お礼はどうする?となって。ご本人は「何をとんでもない、仲間じゃないか」とのたもうし、我らとして献呈出来るのは、おトッツァンの料理ぐらいしかないか、というので、
飲み会付の勉強会・というとんでもないものが出来上がってしまったのです。
それでも、材料費とビール代だけ集めるか、というので、我が家の会の会費は2000円。
談論風発。言いたいこと言って、友の俳句を肴に酒を飲む。これまた楽しからずや、なので
あります。  いえいえ、その段に入る前に、きっちり「お勉強」。
自分らの作った句に、ご指南さまの「文法のメス」が入ります。

「それ、俺の句!!えぇ、それ、文法的に間違ってるのぉ!」なんて悲鳴が飛び交うので
ありますが、ダーレも悲しんではいない。これが大切なポイント。

そうして暫くしますと、正式句会でわが仲間の句に文法的間違いが、圧倒的に減って来た。
そこここ、漏れはあるものの、旧仮名遣いにも、失敗が減りました。これは大変な「勉強会
効果」です。

 今、この時代に、何故に旧仮名遣い?という議論も勿論あります。
しかし、私は思うのです。私は学問をする時間はなかったが、物事のルールは解る。
「わっちらは、旧仮名遣いでいこう」と決めた土生先生の号令に応じて俳句を詠もうという
なら、何はともあれそこに軍旗を据えて、詠んでみようじゃないか、と。
その後で、いろいろな意見が出て、「もう、そんな時代じゃなくなった」となったら、それは
その時のこと。私もその時点で、どっちへ進むか考えます。

そういう、ちょいと偏屈な行き方も、面白いじゃないですか?







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